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「言葉が立ち上がる時」に感動
2024 / 02 / 24 ( Sat )

こんにちは。
公園2  
今日も冷たい雨の一日となりました。

こちらは、地域自治会の環境衛生役員の視点から
地域内の環境の話題や美化活動、率直な想いを
只今、臨時で綴っているコーナーです。

東京新聞 坂本龍一さんの手紙

伐採10
今、私達の身近な問題でもあり同様の気持ちです。
枝垂桜2
緑地は一度失ったら、もう二度と戻らない…。
清掃デー
コロナ禍で縮小・停滞した地域での清掃活動や
一生懸命に草刈りをして下さっていた市議さんの死など
重なり、通称「公園」は草茫々となっていましたが
現在、自治会環境ボランティア活動により
手作業での除草が進み、杖歩行者や車椅子でも
立ち入れるよう一部は土が見える程に
キレイになっています。
第18回清掃6
この場所が地域にとって「必要か?」を問う
アンケートを自治会が昨年実施し、
「必要」が過半数超となりました。

自治会は、この公園にしか見えない「市の空き地」を
借地契約し、自治会が運営する「緑地広場」として
整備し利用して行く事となります。

頻発している地震や気候変動など天災時にも利用可能な
共有スペースとして地域内外の力を合わせて
緑地保全・環境美化活動を推進して行きましょう。
公園11
地域環境ボランティアとして、今年度からの
地域の取り組みがスムーズに始められるよう
荒廃を防ぐ美化活動を、少人数ながら頑張って
続けてきました。
清掃4
来月には枝垂れ桜も咲き始めることでしょう♪
さぁ、これからは地域内外の皆様と力を合わせて
この場所を、もっと素敵な憩いと交流の場に…♪
公園15
雑草学も続けながら、緑と清流の森林文化都市と
うたわれているこの街ならではの楽しい場所に
して行きたいと願っています。

《これまでの清掃活動報告↓》

第1回   第2回  第3回  第4回

第5回   第6回  第7回  第8回

第9回  第10回  第11回  第12回

第13回  第14回  第15回  第16回 
 
第17回  第18回

※3月の活動予定はありません。

~✿~☆~ ✿☆✿ ~☆☆~ ✿☆✿ ~☆~✿~

第18回清掃1
80代ではありましたが、地域貢献も必要と考え
環境衛生係を引き受け任期が終わろうとしています。

地域に今までとは違った出来事があり
地域の自然環境を守りたいと思い
住民に協力・支援を求めてはみたけど
あまり共働の輪は広がらなかった…。
第18回清掃13
それでも、月2回のボランティア清掃日には
誰かしら集まって下さって、コツコツと小さな活動は
18回目となり憩える緑地広場の様相を取り戻しつつある。
清掃13
もう、来月にはシンボルツリーも花開くでしょう。
枝垂れ3
酷暑の初夏から始まった環境ボランティア活動。
季節を巡る草取り学の一年も、その経験も
間違いなく人生の経験値を上げ、集う仲間もでき
細やかながら地域交流の灯を次年度も続くよう
大切にこの輪を育てて行きたいと願ってやみません。

ボランティア活動にご参加下さった皆様に
深く感謝申し上げます。

~✿~☆~ ✿☆✿ ~☆☆~ ✿☆✿ ~☆~✿~

※今日の追記は、雑記のコーナーにします。

地域の荒廃を防ぐためのボランティア清掃の
参加者は一向に増えなかったけれど
それでも、共働して下さった方々もいて
心から励ませれ、背を押され継続する事ができた。

募集と清掃活動を繰り返す経験の中で
最近読んだこの本が心の中で不思議と共鳴した。
図書1
柳田邦男 著 「言葉が立ち上がる時」

忙しく何気なく手にした本だったが
出会えて大満足の一冊だった。

読み始めの、熟柿主義の章での

”「待つ」ことは希望を捨てず諦めない究極の生き方”
という言葉にも励まされた。

読み進めて行くと
「人生の転換・命の循環」という章があり
樹木を見ることの大切さ、
私も大切にしている本「葉っぱのフレディ」
についても記されていた。
公園雪7
環境ボランティアの清掃活動は月2回程
シンボルツリーの枝垂れ桜の下を中心に
手入れしていて、自ずとこの記念樹を眺め
時には触れたり、注意深く観察したりして
木が生きていることを感じ、心の交流や対話
のようなものを潜在的にしているのだと思う。

当たり前の命の循環の言説であっても
この本は一味違う。

以下、印象に残った文を「・・・・・」で仕切り
引用させて頂きながら感想を残しておくとしよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

初雪の日の次の日の明け方、
フレディは迎えに来た風に乗って枝をはなれる。

「そのときはじめてフレディは木の全体の姿を見ました」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というこのくだりがスゴイのだと著者は記している。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人生の全体像が見えてくるのはまさに
人生の終わろうとする時、死に直面した時だ。

山あり谷ありの長い人生の旅路の全体像を
じっくりと俯瞰するだけのゆとりがないためだ。

…歳月を経て振り返ると
辛かった谷の期間にこそ内面的な成長が促される
のであって、その谷の旅路を乗り越えたからこそ
次なる山への期間を迎えることができるのだ。

それら全体を一遍の長編物語としてとらえるなら
山も谷も共に愛しいまでに大切な要素として
見えてくる。

「木の全体像」とはそのことなのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

…確かに、人生の途上においては
なかなか自己肯定感を得るのは難しいけれど
こうした本が先回りして教えてくれる!
死に直面するまでの時を経ずとも
人生のその時々で振り返れば何らかの
自己肯定感が持てるような考え方へと
導いてくれるのが嬉しい。

人が言葉を発する時には様々な想いがあるが
命を支え生きるために言葉は立ち上がっていて
天気の話題であっても、そこには何らかの背景や
意味があったりするものだったりする。

この本を読んでいて、人が発する言葉は
生きるための生体防御反応の一つなのかな
という感じがした。

震災や臨床の現場での話も多くあり
文学的な言語感覚だけでなく、哲学や臨床心理学など
多くの視点から述べられ、やや難しくも感じたが
自分も医療現場で働き連日のように
看取りがある病棟に勤めた経験もしたので
書いてあることに共感できた。

読み進めて行くと
「極限の状態からの掲示」という章では
フランクルの「夜と霧」からも随分と記されていた。
その中に、河原理子 著 
『フランクル「夜と霧」への旅』  
という本が紹介されていて河原氏が挙げた
フランクルから受けたメッセージ2つを心に留めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

① 問うのではなく こたえる。
② 引き受ける

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つい、何かと「何で?」「どうして?」と問いたくなるけれど
「生き延びて行く」ために必要な考え方としては
こういうことらしい。

フランクルは極限の過酷な運命に置かれても
人は生きる意味を実現させられると言っている。

「何でこうなったの?」とか「何で私だけ…」とか
物事が上手く運ばない時には、やたらと「何で?」
という問いが頭を駆け巡る。

人生こそが問を出し問題提起をしているから
「何で?」って問うのも
「生きる意味があるのか?」を問うのも
間違いで、人間は「人生から問われる存在」
なのだということも印象深かった。

はたして、今後を生きる上で「問う」のではなく
「こたえる」思考に転換できるだろうか…


また「箱庭療法」の話も興味深く読めた。

これは、今、ボランティア活動で行っている
通称「公園」の美化活動にも共通項を感じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

箱庭療法の創造活動によって
本人が潜在的に持つ自己治癒力が活性される。

言葉や知識の世界で対応するのではなく
心と体をつなぎとめるような創造活動の方が
よほど大切なのである。

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各ボランティアさん達は、それぞれ自分の
想いや性分などを潜在的に反映させながら
1時間の草取り作業を仕上げて行く。

これは知らず知らずに毎回、想像&創造の
作業も草と向かい合いながら行っていて
自己治癒力に寄与しているのかも知れない。

毎回の清掃後の創造物とも言える成果を
画像で記録し、共有し振り返れるようにしている。

樹木や草花などの植物と語らうことも
地面に触れ、屋外で過ごす五感を働かす時間も
集う仲間達との交流も…
そして、未来の通称「公園」に託す夢も…

普段の生活とは少し違った経験は
絶好の脳活となり、清掃後の帰り道に
充実感や達成感、自ずと自己肯定感が湧き上がる。

小さな草取り、小さなボランティア活動であっても
積み重ねたら目に見える成果も得られて来ているし
この取り組みで雑草の名前や生態も知り始めて
今まで気にも留めなかった道端や足元の雑草を
観察する楽しさをも感じられるようになった。

小さな活動、小さな草取りがもたらした
自分の思考の「広場」の拡大に
喜びを感じずにはいられない。

実際にリピーターのボランティアさんの中には
気分転換、リフレッシュ感、充実感、達成感など
時間を有効利用できた感覚が強いこと
地域貢献できたこと、地域交流ができたこと…

何もしなかったら後悔が残るが参加に後悔はなく
次はああしよう、こうしようという想像もでき
創造意欲が高まったり、活動に前向きな思考が持てる
という話も聴かれ、自己治癒力の活性化に
一役買っているような気がするのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

心とからだは相互的かつ連続的な関係があり
一人の人間の中でそのつながりが上手く機能する時
その人が生きる世界を変える程の影響力を発揮する

ただ孤独に悶々としていると
心の中はカオス(混沌)状態のままだが
自らの人生を語り尽くすと「自画像」を客観的に見れて
自己肯定感が持てるようになる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本を読み進めて行った終盤、
「物語を生きる人間」という章に入ると
「ナラティブ」について記されていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ナラティブは
ナレーション(物語による・物語化する)
といった意味で使われる。

人間は科学の倫理だけで
生きる力を得ているのではない。

人間は物語を生きている存在なのだから
今日が明日につながる文脈を見付けないと
明日への希望を抱けない。

物語は「偶像」や「不思議な現象」によって
思いがけない展開をする。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここで同時進行で読み進めたいた「源氏物語」と
その解説本的な「源氏紙風船」
そしてマイブームの大河ドラマ「光る君へ」の
関心と思考は交差して来た。
図書2
平安時代を描く大河ドラマは興味津々で
最近は、図書館に並ぶ易しめの古典シリーズを
次々と読んで楽しんでいたところで
「源氏物語」で紫式部は「物語」の本質についても
述べている。
図書1
と、どの本を読んでも面白いし
本質のところでは相通じるものが見出されたりもして
自分の糧となることは間違いない。

2月下旬ともなると季節の変わり目で
悪天候で外に出られないような日もあり
図書館で借りた本を返却日までに
どこまで読めるかに挑む絶好の機会ともなる。

外傷性の眼の不調や老眼の急進行で
しばらくは眼鏡がイマイチ合わず本も読めずに
悶々としていたが、字の大きめな
ティーンズコーナーの古典シリーズは
内容も簡潔で読みやすく丁度イイ。
図書1
図書館は2週間で10冊借りられる。
半数は雑草を調べるための図鑑となっているが
こうした貧乏人にも利用できる社会資源は
しっかりと利用して脳内の想像力だけでも
広く豊かで楽しいものにしたいと思って
生きているのであ~る。

あとは、20日に献血に行って足りなかった血の濃さ。
四肢のある動物を食べるのが苦手であり
造血作用のある食材が不足していたし
寝不足もあるか…

タンパク質と鉄を含む食ベ物を多めに摂取して
あと0.4をクリアして献血できたらナ~と。

年齢的にも造血機能が弱ってきているのか?
元々年2回しかできない献血だけど
私は年1回しかできていない。

あぁ… 造血って難しい
あの日は、血圧も107/79と脈圧が狭く驚いた。
自覚症状はなく、会場に行ってみるまでわからなかった。

なんせ、所沢の献血ルームまで行くのが遠くて
時間もかかるから献血できなかったとなると
その日の喪失感ハンパなくて落ち込むのです。

お肉が大好きで健康な成人は、ぜひ献血に協力してね。

今日は自己満足の綴りで終えます。
季節の変わり目、杉花粉も飛んでます。
どうぞ皆様、ご自愛下さいね。

それでは ごきげんよう


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